総務省通知「監査基準(案)」について

総務省通知「監査基準(案)」について
菅 原 敏 夫
はじめに
2019年3月29日、総務省は自治行政局長名で「監査基準について総務大臣が示す指針の
策定について(通知)」(総行行第110号)という通知を出した。宛先は、各都道府県知
事・議会議長、各指定都市市長・議会議長、ならびに、各都道府県代表監査委員、各指定
都市代表監査委員であった。
代表監査委員とは、監査委員のうち識見を有する者のうちから選任される監査委員の1
人を代表監査委員としなければならない(1)と定められている監査委員である。ちなみに、
東京都の監査事務局のWebページには、「代表監査委員は、監査委員に関する庶務等を
処理する職務に従事する者(2)で、監査委員の代表ということではありません。」(3)とわざ
わざ断っている。
いわば庶務的な事務連絡としてこの「指針」を示さざるを得なかったところに今回の地
方自治法の改正の苦しさがある。
まず今回の指針通知を出す直接の原因となった2017年自治法改正の内容を見ておく。

(1) 監査委員は、その定数が3人以上の場合にあっては識見を有する者のうちから選任される監
査委員の1人を、2人の場合にあっては識見を有する者のうちから選任される監査委員を代表
監査委員としなければならない。(地方自治法第195条の3)
(2) 地方自治法第199条の3第2項「代表監査委員は、監査委員に関する庶務及び次項又は第二
百四十二条の三第五項に規定する訴訟に関する事務を処理する。」次項とは、「代表監査委員
又は監査委員の処分又は裁決に係る普通地方公共団体を被告とする訴訟」、第242条の3第5
項とは「普通地方公共団体の執行機関又は職員に損害賠償又は不当利得返還の請求を命ずる判
決が確定した場合において、当該普通地方公共団体がその長に対し当該損害賠償又は不当利得
返還の請求を目的とする訴訟を提起するとき」の規定。
(3) http://www.kansa.metro.tokyo.jp(引用元がURL表記の場合は、本稿校正時に出所を確認。)
Webページはその後変更、削除される可能性があるが、Torのアーカイブ機能を用いて、本稿
執筆時点のWebページを閲覧できる可能性がある。
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1. 2017年地方自治法等の一部改正
第193国会(2017年常会)で成立した地方自治法等の一部改正法は、6月9日、2017
(平成29)年法律第54号として公布された。この改正では、「地方公共団体等における適
正な事務処理等の確保並びに組織及び運営の合理化を図るため、地方制度調査会の答申に
のっとり、地方公共団体の財務に関する事務等の適正な管理及び執行を確保するための方
針の策定等、監査制度の充実強化、地方公共団体の長等の損害賠償責任の見直し等を行う
とともに、地方独立行政法人の業務への市町村の申請等関係事務の処理業務の追加等の措
置を講ずるほか、所要の規定の整備を行う必要がある。」と提案理由が述べられている。
地方自治法の改正に関わるものは4項目(内部統制(4)、監査、決算不認定、長等の賠
償責任)である。
1. 内部統制に関する方針の策定等
・都道府県知事及び指定都市の市長は、内部統制に関する方針を定め、これに基づき
必要な体制を整備。(第150条第1項)
・その他の市町村長は努力義務。(第150条第2項)
・方針を策定した長は、方針を定め、あるいは変更した時には公表。(第150条第3
項)
・方針を策定した長は、毎会計年度、内部統制評価報告書を作成。(第150条第4項)
・前項報告書を監査委員の審査に付し、その意見を付けて議会に提出し、かつ、公表。
(第150条第5項、6項、8項)
(監査に関わる改正項目は少し詳しくみておくことにしよう。)
2. 監査制度の充実強化
(1) 監査基準に従った監査等の実施等
1) 監査委員は、監査基準に従い、監査等をしなければならないものとすること。
(第198条の3第1項)

(4) 改正案の提案理由にある「地方公共団体の財務に関する事務等の適正な管理及び執行を確保
するための方針」のことを内部統制と呼び慣わす。Internal control。「統制」というのはいかに
も強すぎる。発音を縮めてインタコと記す。
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2) 監査基準は、監査委員が定めるものとすること。(第198条の4第1項)
3) 監査委員は、監査基準を定めたときは、直ちに、これを普通地方公共団体の
議会、長、委員会及び委員に通知するとともに、これを公表しなければならな
いものとすること。(第198条の4第3項)
4) 総務大臣は、普通地方公共団体に対し、監査基準の策定又は変更について、
指針を示すとともに、必要な助言を行うものとすること。(第198条の4第5
項)
(2) 監査委員の権限の強化等
1) 監査委員は、監査の結果に関する報告のうち、普通地方公共団体の議会、長
又は関係のある委員会若しくは委員において特に措置を講ずる必要があると認
める事項については、その者に対し、理由を付して、必要な措置を講ずべきこ
とを勧告することができるものとすること。この場合において、監査委員は、
当該勧告の内容を公表しなければならないものとすること。(第199条第11項)
2) 監査委員から1)による勧告を受けた普通地方公共団体の議会、長又は関係の
ある委員会若しくは委員は、当該勧告に基づき必要な措置を講ずるとともに、
当該措置の内容を監査委員に通知しなければならないものとすること。この場
合において、監査委員は、当該措置の内容を公表しなければならないものとす
ること。(第199条第15項)
3) 監査委員は、監査の結果に関する報告の決定について、各監査委員の意見が
一致しないことにより、合議により決定することができない事項がある場合に
は、その旨及び当該事項についての各監査委員の意見を普通地方公共団体の議
会及び長並びに関係のある委員会又は委員に提出するとともに、これらを公表
しなければならないものとすること。(第75条第5項及び第199条第13項)
(3) 監査体制の見直し
1) 条例で議員のうちから監査委員を選任しないことができるものとすること。
(第196条第1項)
2) 監査委員に常設又は臨時の監査専門委員を置くことができるものとし、監査
専門委員は、専門の学識経験を有する者の中から、代表監査委員が、代表監査
委員以外の監査委員の意見を聴いて、これを選任するものとすること。(第
200条の2第1項及び第2項)
3) 監査専門委員は、監査委員の委託を受け、その権限に属する事務に関し必要
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な事項を調査するものとすること。(第200条の2第3項)
(4) 条例により包括外部監査を実施する地方公共団体の実施頻度の緩和
政令で定める市以外の市又は町村で、契約に基づく監査を受けることを条例に
より定めたものの長は、条例で定める会計年度において、当該会計年度に係る包
括外部監査契約を、速やかに、一の者と締結しなければならないものとすること。
この場合においては、あらかじめ監査委員の意見を聴くとともに、議会の議決を
経なければならないものとすること。(第252条の36第2項)
3. 決算不認定の場合における地方公共団体の長から議会への報告規定の整備
普通地方公共団体の長は、決算の認定に関する議案が否決された場合において、当
該議決を踏まえて必要と認める措置を講じたときは、速やかに、当該措置の内容を議
会に報告するとともに、これを公表しなければならないものとすること。(第233条
第7項)
4. 地方公共団体の長等の損害賠償責任の見直し等
・条例において、長や職員等の地方公共団体に対する損害賠償責任について、その職
務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、賠償責任額を限定してそれ以
上の額を免責する旨を定めることを可能に。(第243条の2第1項)
(条例で定める場合の免責に関する参酌基準及び責任の下限額は国が設定)
・議会は、住民監査請求があった後に、当該請求に関する損害賠償請求権等の放棄に
関する議決をしようとするときは、監査委員からの意見を聴取。(第243条の2第
2項)
5. 施行期日
監査体制の見直し、包括外部監査契約、決算不認定の場合の議会への報告について
は施行済み。大津市をはじめ議選の監査委員を選任しない条例を制定した自治体も存
在する。決算不認定で、議会への措置の報告、公表をした自治体もいくつかある。内
部統制、監査基準については2020年4月1日施行。

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2. 監査基準案と内部統制ガイドライン
長年の議論の的だった議選監査委員のあり方には、選択肢の拡大という形で決着が図ら
れた。
「議選監査委員のあり方 議選監査委員は、実効性ある監査を行うために必要という考
え方で導入されたものであり、そうした役割を担うことについて評価する考え方から引き
続き議選監査委員を存置することも考えられるが、一方で、監査委員はより独立性や専門
性を発揮した監査を実施するとともに、議会は議会としての監視機能に特化していくとい
う考え方もあることから、各地方公共団体の判断により、監査委員は専門性のある識見監
査委員に委ね、議選監査委員を置かないことを選択肢として設けるべきである。」
議選監査委員を置かない方がいいという積極的な理由は示されなかった。「議会は議会
としての監視機能に特化」という対案は具体性に乏しい。
インタコ、監査基準条項の施行を前にして、総務省は2019年3月29日付けで相次いで、
「監査基準について総務大臣が示す指針の策定について」(総行行第110号)、「『地方
公共団体における内部統制の導入・実施ガイドライン』の策定について」(総行行第111
号)という通知を出した。本稿はそのうち監査基準に関して、その背景、考え方、効果に
ついて考察するものである。
指針として通知された「監査基準(案)」については、統一的な「監査基準(案)」を
誰が必要としているのか、この統一的な基準にどのような機能があるのか、どのような規
範性を持つのか、法では監査基準を各監査委員が合議で定めるとなっているのに、改正法
施行の前に指針が示されているというのは、監査委員によるいわば分権的決定という法の
建前からの実質的逸脱なのではないか、中央集権的試みとみなされはしまいか、など、検
討すべき課題は多い。「監査基準(案)」そのものに行く前に、法改正の全体像、背景に
ついて検討を加える。
まず、改正法の提案理由に書かれているように、第31次地方制度調査会(地制調)の答
申と、改正法の条項とを比較してみよう。これによって、答申と実現した法改正の異同を
明らかにできるのと同時に、どのような議論が背景にあったかを知ることができる。監査
基準にかかわるものだけでなく監査全体の問題に焦点を広げておく。
2016年3月16日「人口減少社会に的確に対応する地方行政体制及びガバナンスのあり方
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に関する答申」の「第3 適切な役割分担によるガバナンス」の2に「監査委員等」が全
文3,000字弱ある。構成は(1)基本的な認識、(2)監査の実効性確保のあり方、(3)監査
の独立性・専門性のあり方、(4)監査への適正な資源配分のあり方、である。
法改正を促す背景は「これまでの地方制度調査会の答申や、会計検査院の検査による地
方公共団体の不適正な予算執行が指摘」されたことを挙げている。これまでの地制調答申
が繰り返し監査委員制度の問題点を指摘してきたのは事実である。たとえば議会議員監査
委員(議選監査委員)の必置廃止は議論として提案されて実現するのに多年を要した。包
括外部監査制度が1998年施行された。その間一貫して、監査委員は半独立的で非専門的と
され、それに対して独立的で、外部的、業としての専門性を求める改革案がしばしば主張
されてきた。1991年には行政監査が条文上明記された。1997年には第25次地制調の答申を
受けて包括外部監査が制度化された。2002年には第26次地制調答申を受けて、住民訴訟に
おける訴訟類型の再構成が行われた。2006年には第28次地制調答申を受けて、識見監査委
員の数の増加、第29次地制調は「監査機能の充実・強化」を答申項目とした。今回の改正
はそれをかなり実現することとなった。
加えて、「会計検査院の検査」による自治体の不正経理の例が、地制調の答申と並んで
法改正を促す背景の事実として挙げられている。よく使われる監査力強化の指摘事項なの
だが、これには日本弁護士連合会(日弁連)が地制調に提出した的確な反論(5)がある。
「監査委員等には物品納入業者等に対する強制調査権限までは与えられていない。
したがって、仮に監査委員等が『預け金』等の不適正経理を指摘し、又は解明できな
かったという事象が存在したとしても、1監査委員等が準拠すべき統一的な監査基準が存
在しないことや、2監査委員等に監査のスキルが足りないこと、及び3監査委員等をサ
ポートする全国的な組織が存在しないことに、その要因があるわけではない。
そのため、1監査委員等が準拠すべき統一的な監査基準を設け、2監査委員等のスキル
アップのための研修制度を設け、3監査委員等をサポートするための全国的な共同組織を
設けたとしても、『預け金』等の不適正経理問題に対する有効かつ抜本的な解決とはなら
ない。」
日弁連の意見書は、だから強制調査権が必要だと主張しているのではない。こうした不
適切事例は、会計検査院の改善意見も参考にして、「内部牽制」(internal check:インタ
ク)、「内部統制」(インタコ)の問題だと指摘している。2017年地方自治法改正では、

(5) 日本弁護士連合会「地方公共団体の監査制度の見直しに関する意見書」2016年6月16日
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インタコの方針の策定を掲げたのだから、そちらの立法事実としてあげるのなら適切だっ
たのかもしれないが、監査委員の能力のせいにするのはお門違いだ。それともう一つ。イ
ンタコ方針の策定だけでは不十分だ。実際に機能するインタコ組織、インタク組織をどう
構築するかはまた別の問題だ。そして、インタコ・インタク組織については自治法は組織
を改編して緩めるという法改正の過ちを犯してきた。2006年5月に成立した、出納長、収
入役の廃止条項のことである(2007年施行)。収入役は市制町村制の施行当時から設置さ
れてきたものだ。市制町村制では「身元保証金を出す可し」(原文は旧字カタカナ)とも
書かれていた。2006年までの自治法では、さすがに身元保証金はなかったが、特別職で、
就任に議会の同意を必要としていた。
インタコ組織のポイントは、会社法(362条4項6号)、金融商品取引法(24条の4の
4)では取締役(使用人でない、いわば特別職、株主総会で選任)が責任を負うというこ
とが明示されていることである。一方、2006年自治法改正は特別職の出納長、収入役を一
般職(いわば使用人)の会計管理者に置き換えた。会計管理者では、地方公務員法の責任
しか取れない。出納長、収入役は任期中は解任の制限があり(実際神奈川県では出納長が
知事の解任意向に対して任期を全うした)独立性を確保する制度の下に置かれていたが、
それもなくなった。インタコ組織のトップに責任能力がない組織は脆弱なインタコ組織と
いえる。今次自治法改正のインタコ方針の策定は言葉は新しいものの、いわば瓦礫の上に
建てられた、古い館である。2006年の法改正の際、国会では、与野党ともに懸念を口にし
たが、政府は「自治体の側からの要望だ」(これは事実。特区申請の全国化)ということ
で押し切った。当時の総務大臣は竹中平蔵氏。
それともう一つ。2006年改正前自治法では、出納長、収入役制度は、インタク、インタ
コ組織と認識されていたので、決算の調製を含めた内部監査はそこで完結していた。した
がって、監査委員監査は内部監査ではなく、独自に独立性、専門性を論ずる余地があった。
監査委員は長による任命、議会(したがって議員たる議選監査委員)は自治体の一部、識
見監査委員には以前役所の職員経験者が多い、だから身内じゃないかと監査委員の外部客
観性を疑う声があったのは事実だ。しかし、議選監査委員は議会という長・執行部に対す
る牽制機関の一員であるから独立性を主張できるという議論は重要だ。けれども監査委員
監査を内部監査の一種とし、根本的独立性を求めて外部監査を対置するという主張はうま
く実現しなかった。外部監査については後の議論で。
今回の答申の特徴は「基本的な認識」の文章に現れている。「監査委員は、長による内
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部統制体制の整備及び運用の状況をチェックするとともに、その結果を踏まえた監査を実
施することにより、リスクの高い分野の監査を集中して行う等、専門性の高い部分に重点
化した監査を行うことが可能となる」。インタコの整備を前提にし、リスクアプローチを
とることを求めているのだ。この両者は答申の、そして法改正の中心を担う概念である。
インタコに関しては地方自治制度は伝統的な(府県制、市制町村制以来といってもいい。
前述)アプローチを持っていた。リスクアプローチに関しては、リスク評価の網の目をで
きるだけ小さくし、資源を可能な限り投入することによって、リスクを見逃さない方向性
を追求してきた。重要性の原則(重要性の乏しいものについては、簡便な方法での処理が
認められる)にしたがって、軽重によって取り扱いが異なるより、斉一性によって取り扱
いの公平を保証することが重要だと考えられてきた。だから両者の採用は、自治体のガバ
ナンス文化の転換、再転換を意味する重要な宣言として読まなければならない。
さらに答申は「地方公共団体全体の資源が限られる中で、監査による監視機能を高める
ため、監査の実効性確保のあり方、監査の独立性・専門性のあり方、監査への適正な資源
配分のあり方について、必要な見直しを行うべきである。」という。
これはリスクアプローチの考え方である。ところが重要性の評価判断基準が明瞭にされ
ていないという問題に突き当たる。
「現行の監査制度においては、監査の目的や方法論等の共通認識が確立されておらず、
監査基準に関する規定が法令上ないことから、それぞれ独自の監査基準によって、あるい
は監査委員の裁量によって監査を行っていることにより、判断基準や職務上の義務の範囲
が不明確となっている。
地方公共団体に共通する規範として、統一的な基準を策定する必要がある。
その場合、地方公共団体は、統一的な監査基準に従って監査を実施することとするが、
当該監査基準の内容については、地方分権の観点から、国が定めるのではなく、地方公共
団体が、地域の実情にも留意して、専門家や実務家等の知見も得ながら、共同して定める
ことが適当である。」
この部分は、改正自治法の第198条の3で次のように規定された。
「第198条の3 監査委員は、その職務を遂行するに当たつては、法令に特別の定めが
ある場合を除くほか、監査基準(法令の規定により監査委員が行うこととされている監査、
検査、審査その他の行為(以下この項において「監査等」という。)の適切かつ有効な実
施を図るための基準をいう。次条において同じ。)に従い、常に公正不偏の態度を保持し
て、監査等をしなければならない。」
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答申の「国が定めるのではなく」という部分は、国が指針を示し総務大臣が助言を行う
ものとする、という形となった。「地方公共団体が、地域の実情にも留意して、専門家や
実務家等の知見も得ながら、共同して定める」という部分は実現しなかった。国が詳細な
指針を示したので、共同して定める作業は中断せざるをえない。
「国が定めるのではなく」とした条文は次のようなものである。
3. 監査委員が定める
「第198条の4 監査基準は、監査委員が定めるものとする。
2 前項の規定による監査基準の策定は、監査委員の合議によるものとする。
3 監査委員は、監査基準を定めたときは、直ちに、これを普通地方公共団体の議会、
長、教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会又は公平委員会、公安委員会、労働委
員会、農業委員会その他法律に基づく委員会及び委員に通知するとともに、これを公
表しなければならない。
4 前二項の規定は、監査基準の変更について準用する。
5 総務大臣は、普通地方公共団体に対し、監査基準の策定又は変更について、指針を
示すとともに、必要な助言を行うものとする。」
国が定めるものではない、かつてのイギリスのオーデット・コミッション(6)(オウデ
コ)のような機関は存在しない。自治体共同設置監査機関もない、金融庁の企業会計審議
会のようなものが一番望ましいが、その準備の時間もない。自治体による監査基準条例と
いうのはそぐわない。そうした状況では、答申が求める「統一的な基準」とは正反対の各
監査委員が個々に定める監査基準というものを法定せざるをえなかった。この個々の監査
基準が統一的な基準となるためには全部が同じもの、事実上同じものとなるために非公
式の強制力(7)がある総務大臣の強力な「指針」が不可欠となる。
総務省は立法化の直前まで、オウデコのような組織の設立の途を探っていたようだ。こ

(6) Audit Commission:イングランドで自治体等の外部監査人を任命するなどの役割を担ってい
た、中央政府に置かれた組織。
(7) 2017年6月1日の参議院総務委員会の附帯決議には「監査基準は当該地方公共団体の監査委
員が策定するものであり、地域の実情を踏まえた適切な基準については尊重すること。」とある。
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れは第31次地制調答申が初めてではなく、民主党政権下の地方行財政検討会議の第2分科
会で強く主張され、第29次地制調以降も伏在していたものだが、自治体側は設立に反対し
ていた。それに2015年にイギリス本国でも廃止となった組織をそのまま輸入するというわ
けには行かなかったと思われる。オウデコができなかったにもかかわらず、オウデコを想
定した監査基準案を作ろうとしていたことになる。
それによって、考え得る最悪の組み合わせ、ばらばらになる可能性のある個々の監査委
員による監査基準の設定と、事実上の強制の可能性を持った総務大臣による統一基準の指
針提示と総務大臣による助言。その助言は監査委員にではなく、自治体に対してしか効力
がない。
第198条の4第5項は「総務大臣は、普通地方公共団体に対し、監査基準の策定又は変
更について、指針を示すとともに、必要な助言を行うものとする。」と、普通地方公共団
体を名宛人にしている。法的にはそれしか手がない。指針を見て、助言を受けた自治体は
それをどのように監査委員に伝えるのだろうか。監査を受ける側が監査基準の設定に介入
する、しかしそれはできない、というジレンマに直面することは必定だ。
どうしてこんなひどいことになったのだろうか。そのためには監査基準とはなにかとい
うことを考えなければならない。
4. 監査基準とは何か
答申は「現行の監査制度においては、監査の目的や方法論等の共通認識が確立されてお
らず、監査基準に関する規定が法令上ないことから、それぞれ独自の監査基準によって、
あるいは監査委員の裁量によって監査を行っていることにより、判断基準や職務上の義務
の範囲が不明確となっている。このため、監査を受ける者にとっては、監査結果について
どのように受け止めるべきかが明確ではなく、監査の成果を十分に生かせておらず、住民
から見ても分かりにくい状態になっている。」と述べている。この文言の中で真実なのは
ただ一カ所、「住民から見ても分かりにくい状態になっている」というところだけである。
監査の目的や方法論等の共通認識は確立されている。それは個々の自治体の毎年の監査
委員報告書を見てみれば分かる。報告書には判で押したように、目的や方法についての記
述があり、それはほぼ共通している。「共通認識が確立されておらず」というのはこの答
申の作文の担当者の思い込みか、実際の監査報告書を調べていないだけである。
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統一的な監査基準もじつはある。全国都市監査委員会、全都道府県監査委員協議会連合
会、全国町村監査委員協議会はそれぞれ自主的に結成された組織で、それぞれ、監査基準
の研究に取り組んでいる。3つも設定・提案機関があるのは問題だと見るのか、「統一」
といっても唯一ということはありえず、自治体の態様に応じてそれぞれの監査基準が設定
され得るのが自然と見るのかは判断の上で明らかであろう。とくに都市監査基準は事実上
の監査基準の標準とみなされており、これをこの自治体監査の監査基準だと表明している
自治体と参照して事実上の監査基準として機能させている自治体はきわめて多い。個別の
監査基準を制定し公表している自治体もある。東京都などがそうだが、それらは一般的に
公正妥当とみなされる監査基準を想定し、それに個別に必要な手続きを加えてあるもので、
想定上の統一的監査基準が背後に存在している。なかったのは総務大臣の手になる監査基
準だけなのである。
全国都市監査委員会(全都監)は、1952(昭和27)年12月10日、221都市520名の監査委
員及び事務局職員の出席をえて、創立総会を開催した。会員都市は現在813都市等となっ
ている。全都監は2016年12月「地方公共団体の監査制度の充実強化に関する意見」を公表
している。それには、「全都監は地方公共団体の監査委員により構成する組織として初め
て、規範性を有する『都市監査基準』の制定に取り組んできた。このことは規模や特性等
が異なる地方公共団体全体の監査に対する意識の向上に資するものと理解している。」と
述べ、都市監査基準を統一基準の手続きに加えるべきだという自負を表明し、その際のプ
ロセスを「答申において『地方公共団体が、地域の実情にも留意して共同して定めること
が適当』とされているが、統一的な監査基準を策定するということであれば、地方自治の
原則に従い、公監査の特性と民間企業監査との差異に留意した上で、『都市監査基準』な
ど全都監の取組や、多様な意見を適切に反映できるように、地方公共団体が共同で進める
プロセスが必要と考える。」と提案している。共同組織が統一的な基準を定めることにつ
いても、「『全国的な共同組織』という考え方について、会員都市からは、共同組織によ
る地方自治への干渉可能性に対する懸念もあり、全都監をはじめとする既存の地方公共団
体で構成する組織を活用する方策を検討すべき、との声も上がっている。」と、おもんば
かった言い方になっているとはいえ、言いたいことは明瞭だ。

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5. 共同組織
2010年頃から、監査のための共同組織(分権の建前からいって、国が設置する、王立・
欽定というわけにもいかないので、自治体による共同設置の公法人が想定されていた)を
設置する、そこでの保証型監査(財務諸表の適正性意見表明と信頼性の付与)(共同組織
での個々の行政事務に関する指摘監査はほぼ不可能だ)を実現するために、唯一固有の監
査基準を設定する、というのが総務省、地方行財政検討会議、第29次地制調、一部の学
界・研究者・業界の基本戦略だった。しかし、共同組織は断念されたため(2017年法改正
では)、共同組織なしの共同組織用監査基準だけが可能性として残った。共同組織がなけ
れば、当然のこととして共同組織用監査基準も必要ない。共同組織監査基準だけ先に存在
させておき、共同組織を後から設立しようとことも作戦としてはないわけではない。しか
し成功しないだろう。つまり監査基準(案)指針は、今、必要ないのだ。
全都監も言及しているように、民間企業の監査(その形成の歴史や公監査との差異にも
注目しながら)の仕組みは参考になる。民間企業の監査の仕組みに範をとるというのは、
包括外部監査制度の導入(1998年施行)、地方独立行政法人法(2003年)、地方行財政検
討会議(2010年)において強く意識されてきたことだ。とくに地方独立行政法人(地方独
法)法はその第33条で「地方独立行政法人の会計は、総務省令で定めるところにより、原
則として企業会計原則によるものとする。」と決めた。第34条では財務諸表の作成を義務
付けている。この財務諸表を設立団体の長に提出する時は、監事及び会計監査人の監査を
受け、意見を付けなければならないと規定している。第35条では会計監査人の監査の規定
を置き、会計監査人の有資格者は公認会計士と監査法人だけである。選任は設立団体の長。
会計監査人は「財務諸表、事業報告書(会計に関する部分に限る。)及び決算報告書」に
ついて監査を行う。
地方独法は行政の組織でありながら商法・会社法の仕組みを丸ごと飲み込んだ。公認会
計士の業務独占を認めた。地方独法の会計基準は総務省の告示で示されている。地方独法
の監査基準は、地方独立行政法人会計基準等研究会の報告書の形で統一的な監査基準が決
められている。
地方独法監査にあって、自治体の監査委員監査にないものは、財務諸表と会計基準と監
査基準である。今度監査基準ができる。しかし監査基準だけがあっても監査制度(とくに
保証型の)は完成しない。むしろ不可欠なのは、会計基準とそれを正確に反映した財務諸
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表である。2017年法改正ではその二つの議論は出てこない。そして、単独では成り立たな
いはずの監査基準だけが取りざたされることになった。
6. 一般に公正妥当・帰納要約
では本物の監査基準とはどういうものなのか。もちろん都市監査基準も本物の監査基準
なのだが、企業財務の監査基準がどのように形成されてきたかを知ることは、公監査基準
にも応用が利くことになる。
まず、自治法の監査基準の定義は「法令の規定により監査委員が行うこととされている
監査、検査、審査その他の行為の適切かつ有効な実施を図るための基準」(自治法第198
条の3)である。かなり抽象度が高いこの定義で監査委員が監査基準を作ることができる
のは、すでに具体的な監査基準というものを目にしており、監査に用い、常に参照してい
るからという場合である。前例がない場合、最初の定義はどのようなものになるだろう。
1950年経済安定本部(安本)企業会計基準審議会(1950年7月14日)で示された定義は
「監査基準は、監査実務の中に慣習として発達したもののなかから、一般に公正妥当と認
められたところを帰納要約した原則」であって、「職業的監査人は、財務諸表の監査を行
うに当り、法令によつて強制されなくとも、常にこれを遵守しなければならない」と続く。
それに先だって、1948年法律第103号として公認会計士法が制定され、初度監査が行われ
ることになる。安本の企業会計基準審議会は、企業会計基準を純粋に民間の側から作り出
そうとした試みで、会計基準が定まったことによって監査基準も定めることが可能となっ
た。上の定義から分かることは、監査基準は一から演繹的に作り出すことはできないとい
うことである(8)。
一般に公正妥当と認められたものは何なのかという、選り分けの作業が自治法の定義に
は欠けている。安本企業会計制度対策調査会、安本企業会計基準審議会は、現在金融庁の

(8) 「監査基準(案)」通知のパートナー、「内部統制ガイドライン」には次のような注がある。
「本ガイドラインの作成に当たっては、金融商品取引法(昭和23年法律第25号)により平成20
年に上場会社に導入された内部統制報告制度の運用のために示された『財務報告に係る内部統
制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改
訂について(意見書)』(平成23年3月30日企業会計審議会)における内部統制の基本的枠組
みを踏まえつつ、地方公共団体固有の特徴を考慮した。」
監査基準については企業会計審議会や他を参照しなかったのだろうか。
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企業会計審議会に繋がっている。奇しくも金融庁企業会計審議会監査部会は先頃「監査基
準の改定について(公開草案)」を公表し一般からの意見を求めた。参照されるべきは
1950年以来の基準設定の機関とプロセスである。審議会での議論、草案の決定、公表、意
見募集、基準設定というサイクルが透明性には重要である。総務省が一人で指針を改定し
続けるのは現実的ではないし、持続可能でもない。順番が逆になったとしても、せめて基
準設定の審議会は作らないといけない。
7. 基準審議会
もし70年前に帰ることができたとして、企業会計審議会と平仄を合わせて公会計審議会
ができて、公会計原則が定められ、自治体の財務諸表監査が可能となり、監査基準が定め
られるということはありえたことだろうか。この企業会計に範をとる考え方は伏在してい
た。具体的な制度になることはなかったが。2017年自治法改正は1950年とは違う文脈で出
てきてしまった。水脈から断ち切られているので、立ち枯れてしまわざるを得ない。ここ
で、国が事実上定める監査基準などを通したら、時計の針が1934(昭和9)年の商工省財
務管理委員会の「企業会計原則」の時点まで戻ってしまう。当時は進歩的で、先駆的だと
いわれていたのだけれども。
現在も公会計における企業会計型財務の考え方は伏在しているのだが、何度か表の検討
対象になってきたことはある。最初は地方財務会計制度調査会答申(1962年)だろう。こ
の答申は1963年自治法財務章の抜本的改正へと繋がった。しかし実現しなかったものもあ
る。「予算決算」(予算と対比した決算)に加えて「会計決算」を主張していた。会計決
算というのは言うなれば財務諸表のことである。監査基準を設定することも提案していた。
これが実現していたら、監査の世界では、会計原則、会計基準、財務諸表監査、監査基準
が実現していただろう。
臨時行政調査会第1専門部会第2班の報告書(1963年)は複式簿記の採用を主張してい
た。同様に上の監査手法が可能になったはずだ。
1990年代は徐々に「公会計」に関心が集まってきた。1997年日本公認会計士協会は「公
会計原則(試案)」を公表した。原則の中で発生主義と複式簿記の採用がうたわれていた。
同じ年に自治法の改正があり、翌年包括外部監査制度が発足した。
包括外部監査制度は職業的監査人、会計監査人監査を想定していた。なので行政監査は
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行わないこととした。包括外部監査人の資格独占は行わなかったが、公認会計士の他は弁
護士と税理士、ごくわずかのその他があるだけだ。制度発足以来包括外部監査人は一貫し
て9割以上は公認会計士である。監査人監査を行おうとして、監査人は気がつく。財務諸
表がない、会計基準がない、監査基準がない。
日本公認会計士協会は協会として、包括外部監査人に向けたいろいろな支援を行ってい
る。その一環でわかりやすいQ&Aを作っている(「地方公共団体の外部監査人のための
外部監査のガイドライン」2001年、日本公認会計士協会)。そのうちの一つに、監査基準
がないことの不安に答える項目がある。
「包括外部監査人が監査を行うに当たって遵守すべき監査基準はないのでしょうか。ま
た、欧米では、公的部門の監査人のための監査基準はあるのでしょうか。」
答えは、「地方自治法には監査基準のうちの人的基準等に相当する基準が定められてお
ります。すなわち、外部監査契約を締結できる者が定められており、包括外部監査人は、
善良な管理者の注意をもって誠実に監査しなければならないこと、及び、常に公正不偏の
態度を保持し自らの判断と責任において監査をしなければならないこと、並びに、法第2
条第14項及び第15項の規定の趣旨を達成するために必要と認める特定の事件を選定し、包
括外部監査契約の期間内に少なくとも一回以上は監査をしなければならないことが定めら
れております。
しかしながら、地方自治法には、上記のような包括外部監査人の適格性に関する規定及
び監査の目的に関する規定を除いては、監査基準に相当する事項を定める規定はありませ
ん。」
「米国にはGAO(会計検査院)が定めた監査基準がありますし、英国には監査委員会
(このQ&Aが作られた時期にはオウデコが存在していた ―引用者)が定めた監査実務
規則があります。」
「なお、当協会では、地方公共団体監査特別委員会研究報告第2号『地方公共団体の外
部監査人のための外部監査のガイドライン』を公表しております。
また、全国都市監査委員会(全都監)は監査委員監査のための『都市監査基準準則』を
公表しております。都道府県には全都監の準則に相当するものはありませんが、都道府県
ごとに監査委員監査の規則を定めております。」
上記「地方公共団体の外部監査人のための外部監査のガイドライン」は体裁も内容も監
査基準なのだが、自分で作っておいて「一般に公正妥当」とは称しにくいと、職業的監査
人の矜持が許さなかったのだろう、名称が「ガイドライン」になっている。この矜持は総
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務大臣にも見習って欲しいものだ。
監査にかかわることはすべて、アカウンタビリティ(会計責任)という責任の取り方と
責任の解除に関する慣行と取り決めである。監査は、監査対象がインタコを経て、会計基
準に沿った真実と信ずるに足る財務諸表を監査する。そして監査基準に沿って監査をして、
取締役のアカウンタビリティを解除する。投資家の皆さんも信じていいですよと伝える。
監査基準に従って監査することによって、監査人の責任も解除される。だから監査基準は
監査の基準として重要なばかりでなく、責任解除の要件として重要なのだ。巧妙に隠され
た悪事というものはある。監査基準に沿っていてもなおそれを発見できなかったとしたら
監査人の責任は問われない。監査証明は悪事が含まれていないという証明ではない。監査
基準のない監査は無限の責任を追及されるようで怖いと感じるだろう。Q&Aでは責任の
話が頻繁に出てくる。不正経理を見逃した責任などから、大手の監査法人の解散まで経験
したこの業界は、再生のためには責任の範囲を明確にする必要があった。
このQ&Aの別の場所では、包括外部監査は「財務諸表監査」ではないということも強
調している(9)。
包括外部監査は、会計基準、監査基準(事実上の基準のガイドラインはある)、財務諸
表のないまま存続している。だから包括外部監査制度も見直さなければならない。しかし、
2017年改正では条例で行う包括外部監査を利用しやすくする改正が盛り込まれただけであ
る。答申は、「包括外部監査は、監査委員の監査を外部の目から補完する観点から有用で
あることから、条例により導入する地方公共団体が条例で頻度を定めることができるよう
にすることにより、包括外部監査制度導入団体を増やしていくことが必要である。」と述
べるにとどまる。自治体側の背景には、包括外部監査契約には費用がかかりすぎるという
不満があるようだ。日本公認会計士協会は条例実施の包括外部監査の監査実施時間数など
の調査も公表し決してコストパフォーマンスが悪いわけではないと述べているが、実際の
契約は増えず、次の契約に結びつかず途切れてしまうことが実状だ。法改正までして単発
の包括外部監査契約を認めるようにしているが、やはりこれでは「包括」性が失われる。
そしてさらに「適切なテーマ選定に資するよう地方公共団体を巡る課題についての情報提
供を行う等、包括外部監査人をサポートする仕組みや、包括外部監査人に対する研修制度
の導入により、その監査の質を更に高める必要がある。」という状況認識を生んでいるの
だから、職業的監査人の監査としての包括外部監査は抜本的な見直しの時期に来ているの

(9) 「地方公共団体の外部監査人のための外部監査のガイドライン2001年、日本公認会計士協会」
Q24。
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ではないか。職業的監査人に、研修制度とは考えてみれば失礼な話だし、公認会計士協会
は包括外部監査人である協会会員にさまざまなサポートをしている。それでも足りないの
だろうか。
70年前の企業会計審議会のような基準設定機関を持たないまま導入された包括外部監査
制度にはそもそも無理がある。「包括」といいながら監査の対象は個々のテーマであり、
それも毎年度変わる。行政監査は行わないので、個別の事業の監査は外形の3E(経済性、
効率性、有効性)監査になりがちだ。すなわち個別外部監査の束なのだ。一方、「個別外
部監査については、監査委員監査を専門性の観点から補完することが期待されて設けられ
た仕組みであるが、監査委員の専門性が高まれば、個別外部監査の役割は小さくなってい
く」。これでは包括外部監査も要らないという主張のように聞こえてくる。監査人監査と
しての包括外部監査はもう諦めよう。むしろ個別外部監査の束にしよう。議選監査委員は
議会費の監査で利益相反を疑われているのだから、政務活動費の監査は個別外部監査にす
るとかの方法も考えられよう。しかしそれは、議選監査委員のあり方の問題ではなく、せ
いぜいインタコの問題だろう。
とってつけたような結論だが、外部監査の監査補助者(包括外部監査人の事務を補助す
る者)の制度は力を発揮した。監査補助者なくしては包括外部監査は成り立たなかっただ
ろう。その教訓はやっと生きた。「専門性を有する優秀な人材の確保や研修の充実を効率
的・効果的に行うための方策を講ずる必要がある」という趣旨の法改正が実現した。
包括外部監査の制度は所期の目論見を達することができたとは言いがたいが、保証型監
査への前提条件については着実に進んでいると思える。(財務諸表の作成の根拠となる)
会計基準はまだない。監査基準は事実上ある。財務諸表はない。財務諸表に関しては、財
務書類として2006年の作成モデルの総務省による提示から10年余を経て2018年には統一基
準によって作成公表された。だから財務諸表もあるといえるかもしれない。しかしこの財
務書類は、財務諸表と呼ぶべきには根本的欠陥が三つある。まず会計基準がないのだ。こ
の財務書類が正しいというだけの根拠がないのだ。これでは財務諸表監査はできない。会
計の基準らしきものは総務省の手によって公表されているのだが、なにせ公会計審議会が
ないのだから、「一般に公正妥当」かは判断できない。つまりまだ財務諸表ではないのだ。
いかに貸借対照表を精緻に作ってもそれだけでは財務諸表にはならない。実際の監査委員
監査においては、財務諸表類似の普通会計決算統計監査が行われている。各自治体の監査
委員の監査報告書はほぼ例外なく決算統計(財政状況調査表)の数値を使って財政分析や
効率性の分析を行っている。しかし決算統計にも会計基準がないのだ。一般に公正妥当か
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どうかは総務省の自治財政局が決めている。有用だとは思うが監査の道具ではない。
もう一つの欠陥は貸借対照表の借方、資産の部の真実性を証明できないことである。い
かなる会計基準を採ろうとも固定資産を表示しないことはない。資本取引と損益取引の峻
別も求められる。その結果を示す固定資産の価額が正確とは保証できない。わけはこうで
ある。統一基準による財務書類作成に合わせて総務省は固定資産台帳の作成も求めた。3
年の猶予の後、統一基準による財務書類の完成公表と同時に固定資産台帳は整備された
(公表されていない自治体もある)。自治体には公定帳簿として、公有資産台帳はある。
しかしそれには価額の記載がないものの方が多い。取得原価の記録は失われているものも
多い。価額評価をそもそもしていないものもある。減価償却制度を採用していなかったた
めに、固定資産の現在価値は個別の計算によるほかはない。3年かけて固定資産台帳を整
備し、そしてこの整備が貸借対照表を支える重要な支点だったにもかかわらず、できあ
がったものはあまりにも自治体間の精度が違いすぎて比較もできなければ、どこまでなら
真実であるかを証明する手立ても得られなかった。資本取引を丁寧に記帳していって、固
定資産台帳が成熟(50年なのか60年なのか)するのを待つか、実地検査をすべてについて
おこなって、ここまでいったら真実に近いというところまでやるか。時間は取り戻せない。
資本取引と損益取引の区別をしないで失った時間は取り戻せない。公正妥当といえる代替
案がない限り財務諸表は完成しない。
第三の欠陥は、この財務書類が監査を受けていない、決算監査に間に合わないという点
である。実際、9月議会前に財務書類が作成・公表されている自治体はきわめて少ない。
監査されていない財務書類など、いかなる保証も与えられない。
伏在していたテーマが立ち上がったかに見えた包括外部監査、公会計改革は道なかばで
ある。着実に前進しているように見えて、違う谷筋をたどっている感がある。
建設的に考えるためにはどうしたらよいだろう。時点としては70年前に戻る必要がある。
しかしそれは何も70年間を無にするということではない。
最初の公会計審議会が一般に公正妥当な会計基準を見つけたならばその後の70年はいく
らでも短縮できる。単式簿記でもいい。単式簿記が正規の簿記ではないとは言えないので、
単式簿記を維持することも可能だ。もちろんできれば複式簿記。発生主義だけが天下の正
義ではないので、今とあまり変わらない姿が残るかもしれない。それでもなお、分かりや
すくはなるだろうし、会計基準と監査基準は明瞭になる。
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8. 会計検査院・検査基準
たとえば、会計検査院は帝国憲法下から「予算決算」の検査、診査、監査を手がけてき
たのだから、単式簿記、現金主義でも、公正妥当性が直ちに毀損されるわけではない。会
計検査院型の「予算決算」の検査を主体にした自治体監査制度を構築することも可能だろ
う。なにも独立機関としての「院」を必要とするというのではなく、「予算決算」という
対象に焦点を定めた監査機構を構築すればよい。米国の会計検査院(GAO)は連邦議会
の機関だ。日本の議選監査委員と同じだとはいえないが、牽制機能の使い方は同等だ。そ
うだとしても自らが(会計検査院の場合は一つしかないので)「検査基準」を公表して検
査の透明性を確保し、指摘事項の改善の方向を明示すべきである。会計検査院は2012年10
月に「会計検査基準(試案)」を公表している。
「本院の業務は、国民の目に直接触れることが少ないことなどから、本院がどのような
検査を行っているのかについて必ずしも十分な理解が得られにくいという面がありまし
た。」目的はコミュニケーション、リスクコミュニケーションである。
そして、「会計検査基準(試案)は、財務諸表に対し合理的な保証を与える会計検査を
行うことを前提としたものではなく、不適切又は不合理な会計経理や会計経理と関連する
事務・事業の遂行を指摘する検査を前提としていること」ときっぱりと保証型監査を否定
(自分たちの役割ではないと)しているので、現在の監査委員監査にも参考になる。内容
は目的、基本原則などから始まって、職員の公正性、専門家としての注意義務、実施準則
の内容や報告の方法まで、監査基準に盛り込まれているものだ。
会計検査院も監査委員も支える資源は国民・市民であることに違いはない。たとえ、総
務大臣の「監査基準(案)」が撤回されても、一般に公正妥当な基準を自らに課す基準と
して公表することは何にもまして求められることだ。最初の公会計審議会で、「会計決算」
に変えるとなれば、地方財務会計制度調査会が直面したような懸念とたいへんさを経験す
ることになろうが、今からでも不可能ではない。「予算決算」に加えて「会計決算」も制
式となる。今のような事態で終わるかもしれないが、それも選択の結果である。
財政の民主主義にとっては、この労力は、会計基準と監査基準、それに基づいた記帳、
それに基づいた監査が必要だという熱意に対して払うコストである。
「会計決算」になればすっきりするだろう。しかし、「予算決算」の監査・検査要求は
後を絶たないと思う。行政監査の役割は増大し、監査請求が減ることはないだろう。「会
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計決算」に対する監査は占める割合を減らしていくだろう。
税として徴収された金品は特有の所有権を引きずる。私法では税収は政府の収入だがそ
れに対して集合的な支配権が想定されている(税の使い方に対する間接的なコントロール
権)。もちろんそれは民主主義の約束だけど、使い方に異議があるときには監査請求を挟
まざるを得ない場面は多々ある。手続きが尊重され、正確性、合規性が前提となる。いく
ら会計決算にしても保証型の監査では済まないだろう。市民の声を監査基準の枠内に収め
ることはできないだろう。
結 論
自治法第198条の3は今は必要ない。公正妥当な監査基準が衆知を結集してできたとき
にこそ必要となる。
監査基準によって監査を行ったからといって、長の決算行為が保証されるわけでも、監
査委員の責任が解除されるわけでもない。指針による「監査基準(案)」にこれまで触れ
られてこなかった新しい知見や監査の視点が含まれているわけでもない。
ただし、監査を受ける者と市民に分かりにくいという事情はあるので、コミュニケー
ションの観点から、一般に公正妥当な基準を監査委員が表示するということは求められる
べきだ。
自治法第198条の4は必要ない。むしろ危険だ。
一般に公正妥当な監査基準を監査委員が表示するということは監査委員が監査基準を作
るということではない。たとえば総務大臣指針「第3条 監査委員は、高潔な人格を維持
し、誠実に、かつ、本基準に則ってその職務を遂行しなければならない」とは、策定主体
が自分で書く文章ではない。公正妥当な外部が求める規範でなければ意味がない。
したがって、第2項以下も必要なくて、指針も撤回されるべきだ。とくに「総務大臣は、
普通地方公共団体に対し、監査基準の策定又は変更について、指針を示すとともに、必要
な助言を行うものとする」という規定は助言という関与の名を借りて、関与を強制するも
のであり、長の監査委員への関与を正当化し、強制するものとなることから必ず削除しな
ければならない。
全国の監査委員がとる途は、総務大臣の指針を無視するしかないだろう。そうでないな
らば監査委員の総務大臣からの独立性を一から議論しなければならなくなる。
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本稿は、総務大臣が「監査基準(案)」を指し示すという行為それ自身が総務大臣の監
査委員への関与と介入を意味するものであり、それも、長を介して監査委員へ指針と助言
の実行を迫るという由々しき介入を意味し、それを正当化する自治法第198条の4は施行
する前に削除の改正をするべきだと主張するものなので、指針たる「監査基準(案)」の
内容に触れる必要はない。しかしながら、内容の示す特徴が、「監査基準(案)」の担う
役割を明らかにしているという意味から、若干触れて本稿を閉じる。指針の特徴は、「実
施要領」が詳細に示されていることである。「実施要領」は「監査基準(案)」の直接の
中身を構成しているわけではないが、「特に留意を要する事項」という位置づけだ。内容
はほぼインタコとリスクアプローチである。「リスク」、「内部統制」という語自体は都
市監査基準にも触れられていて、一般に公正妥当な被監査者のコントロール行動に基づい
ているが、リスク評価による監査機会の振り分けや、「内部統制ガイドライン」を全面的
に前提とする監査は現在の慣習からは、帰納的には得られない。もちろん監査には先導的
な役割もあるとはいえ、被監査者の行動や被監査者とのコミュニケーションが後回しに
なっているのに、有効な監査が可能だとは思えない。「実施要領」のなかで、合規性や正
確性、行政監査の要領や監査請求への対応などは、言葉で触れるだけである。「予算決算」
に対する新たな手法や重点に関する知見は含まれていない。リスクアプローチとインタコ
に対する傾斜を除けば、「監査基準(案)」をあらためて示す新味はない。つまり「実施
要領」抜きには通知の意味はない。そして「実施要領」は、インタコとリスクアプローチ
しか語っていない。こうした場合、言葉の正確な意味での「保守主義の原則」が適用され
なければならない。自治体の監査委員監査はかなり長い時間をかけて、2次元的監査体制
を育んできた。第1の次元は計数的・会計的次元である。合理性が価値尺度である。第2
の次元は誤解を恐れずにいえば、政治的・正統性次元である。価値尺度は正統性で、予算
時点での正統性の獲得、決算時点での正統性の確認、監査時点での責任の解除の段階を踏
むことを特徴としていた。長に対して議会が牽制機能を果たすことが求められてきた。形
の上では、第1の次元が会計決算であり、第2の次元が予算決算と重なる。監査制度改革
はこの2次元的構造を維持すべきだと考える。なぜなら、自治体の経済活動は効率と正統
の両方が満たされない限り正当ではないからだ。
(すがわら としお 公益財団法人地方自治総合研究所委嘱研究員)